はい、最後のコンテンツ④となります。
最後のテーマは、
1. 地球人として英語を学び、地球人として生きる
ということです。
「地球人てw ふつうに地球人やんwww」
と言われそうですが、
ここで注目したいのが視点であって、
視点を地球人にしよう!という提案をしているというわけです。
1-1. 日本人が認識する世界
ぼくたちの思考は日本人であって、もっと言うと 『認識している世界』 が日本人なんですね!
というのも
『人間は、言語を介して世界を認識している。』
からなんです。
例えば、満天の星空を見て、綺麗だなと感じるのも、
かつて、星空というものは綺麗である、という言葉を受け入れており、
その言葉を通して、綺麗だなと思考することができているということです。
僕らの思考は、かつて受け入れた言葉によって形成されています。
受け入れた言葉による世界が広がっているのです。
だから日本語を話す日本人には、日本語の世界が広がっているということです。
そのように考えると、言語というのは、ただのツールではなく、
言語は『感性』の一部で『世界を認識するフィルター』と解釈できますよね。
また、言語そのものに注目しても、
太宰治の「人間失格」の世界観を他言語で伝えるのって不可能ですよね。
日本語を話す日本人にしか理解できないものがある、というのは直感的に分かります。
では、このような考えの基、新しい言語を学ぶ、つまり英語の勉強がどういうものなのかと言うと、
- 新しい世界の構築
- 世界を認識する新たなフィルターの形成
- 感性を磨く
- 自分の世界を広げる
と見立てることができるわけです。
1-2. 地球人視点で英語を学ぶ
僕たち日本人は、日本語を通して世界を見てきましたが、そこに英語を学習することで新しい視点を手に入れているのです。
視点が1段階上がるということで、
日本人を超えて「地球人」視点に近づいていると思っています。
僕たちは、生まれてくる前は、何にでもなれました。
「無」ですね。逆に、無限かもしれません。
そして、人間として生まれてきました。
この瞬間、僕たちは、世界を純粋に見ることができたかもしれませんね(この時はめっちゃ地球人です!)
そして、日本人として日本語を学び、日本人としての思考が完成していきます。
そのように、日本人としての世界が形成されましたが、そこに英語学習を入れると、自分たちに新たな世界を形成することができるんじゃないか!
それが「地球人」として生きる。ということです。
ここまで理屈っぽく考えなくとも、
『自分を地球人の抽象度にまで上げ、認識する』
というシンプルな考えでいいですね。
どちらにしても、
自分の中に「地球人」という視点を取り入れることは、『自分の世界を広げること』につながる、と思います。
それは、
- ストコーマを外す
- 地球人のコンフォートゾーンを持つ
この2点が可能だからです。
2. 英語を学び、新しい視点を。
2-1. 日本人スコトーマを外す
スコトーマはコンテンツ③で触れました。
心的盲点のことであり、人が認識できない部分のことです。
簡単な例では、同じ状況にいても、
これは人生の終わりだと見える人と、かなりのビジネスチャンスだと見える人がいます。
人生の終わりだと思う人は、その状況のチャンスの部分が見えていない、
つまり、スコトーマになっているということです。
メンタリストDaiGoさんが、
「自分の夢を毎日紙に書きましょう。そうすれば、本屋に行ったときに目に入る本が変わってくる」
と言っていますが、これはスコトーマを外す1つの手段と考えられますね!
普段、何気なく生きていると、本屋に行ったときにジャンプや漫画にしか目に入りません。
しかし、毎日自分の夢を紙に書き、自分に刷り込むことによって、スコトーマが外れ、本屋に行ったときに興味を引く本が変わっており、なぜか目に止まるということが起きるのです。
視点に関して抽象度が上がるということです。
高い視点から物事を見ると、見える景色は違いますよね。
僕たちは、日本語を介して世界を認識しているので、日本人のスコトーマを持っています。
これは日本語を話す僕たちにとって普通です。
そこで、英語学習をすることで、日本人のスコトーマに気づこう!ということです。
新しいフィルターを持ち、世界を見る感じです。
2-2. 地球人のコンフォートゾーン
2つ目に『地球人のコンフォートゾーンを持つ』という視点です。
コンフォートゾーンは、最近は一般的に使われ出してきていますが、
簡単に言うと『心地よい空間』です。
そのままになってしましましたがw
要するに、自分がその場にいて心地よいと感じている空間のことです。
さらには、居心地がよいということは、人が無意識に引き寄せられる空間ということになります。
自分自身に恒常性が働くポテンシャルエネルギーと言った方がしっくりくる人もいるかもしれませんね。
例えば、部屋を汚い人は、たとえ休日に部屋を綺麗にしたとしても、次の日にはまた散らかってしまいます。
この人は、一般的に部屋が汚いのは良くないことだと思いながらも、部屋が散らかっている空間が心地よいのです。
つまり、コンフォートゾーンが部屋が汚いになっているのです。
部屋が汚いがコンフォートゾーンになってしまっているので、友達が家に遊びに来た時に部屋を片付けたとしても、次の日には、もう散らかってしまう、ということです。
散らかっているというコンフォートゾーンに恒常性が働き、引き戻されるというわけです。
この話からわかるように、コンフォートゾーンから抜け出すためには相当なエネルギーが必要です。
少し変えようと思っても、すぐに引き戻されてしまうからです。
ここでは詳細は書きませんが、
このコンフォートゾーンから地球人になろう!
つまり、そーゆーことです。
2-3. 地球人の抽象度
先程から「地球人の抽象度」と言っていますが、
「結局、それってなんなん?」
というところですよね。
僕の中では先述した『生まれたての感覚』です。
自分は何でもできる。何にでもなれる。という感覚です。
成長するにつれて、無意識に自分の可能性を狭めてしまいがちです。
「自分には無理だ!」とか「自分には才能がない!」など、成長するにつれて自分を悲観することもあります。
しかし、習い事を始める時の子供は「自分にはセンスがない」と思わないですよね。
そもそも下手くそ、上手、とかの概念なく楽しく続けていることがほとんどだと思います。
大人に言われて始めて「あ、おれって上手いんだ」「下手なんだ」と認識し始めます。
当時のなんでもできる感覚を持とうということです。
自己効力感を高く持って、堂々と生きよう。
そして、地球人の事故校浴感を持っているとしたら、自分は何をしたいのか?
建前ではなく、本音で考えることができると思います。
子供の頃は世間の認識なんて無関係でした。もう一度、自分の価値観で、自分の人生を自由に生きる感覚を養う。
それが地球人の抽象度の1つかなと思います。
3. 地球人は1つの言語を話している
少し精神論の色が強くなってきてしまったので、言語の話に戻ります。
「地球人として英語を学ぶ」についてです。
一般に「英語」と「日本語」は全く違う言語と考えて、英語を学びます。
「いや、違う言語やろ!」と思うかもしれないですが、
『関東弁と関西弁は同じ言語か?』と聞かれると微妙ですよね。
『同じ日本語だし、同じ言語やろ』 と思う人もいれば
『いや、関西弁って変なアクセントやし、語尾とか変だし、方言で知らん言葉使うし、違う言語だよ』とか関東の方から聞こえてきそうですねw
でもまぁ、多分同じ日本語と考えた人が大多数ではないかなと思います。
文法も基本的には同じですし、特に、アメリカ人やインド人、ブラジル人の人にとったら、
『そんな些細な差やん‼』
『同じ日本語やろ』
となるわけです。
もちろん、日本語と英語では文法も違いますし、音の出し方も違います。
というわけで、ここで有名な言葉をば。
『もし、火星人がいれば、「地球人は1つの言語を話している!」と言うだろう』
という、有名な言葉があります。ノーム・チョムスキーの言葉ですね。
僕たちは日本人として凝り固まっていて、違う言語として、わざわざ自分から英語を必要以上に「分離」させているんですね。
全く遠くのものを学ぶとして、心の距離を作っています。
しかし、火星人の目線を取り入れると、
地球人の言語は、基本的に「主語」というものがあり、「動詞」というものがあり、「目的語」というものがあり…と、奇跡とも思えるほど、地球上の言語には共通点が多いということに気づきます。
僕たちは、日本人の視点として外国語として見ていたため、自分の外側のものとしてとらえ過ぎて、外国語の習得を難しく考えすぎていたのかもしれないです。
日本人としての視点から、地球人としての視点に上げてみれば、自分の中に作っていた外国語学習のハードルがぐーんと、下がると思うんです。
日本人が関西弁と関東弁を見る感覚で、地球人として、日本語や英語さらには、他国の言語を見てみれば、英語を習得するのに自ら作っていたメンタルブロックを破れると僕は思います。
もはや、
『言語ごときで人生、躓きたくないねん!』
と、イキっても良いんですw
まぁ少なくとも
「日本語も英語も同じ地球の言語やん。親戚みたいなもんよ。」
くらいの親近感が持てればOKですw
こんな感じで、日本人から抽象度を上げてみると英語も身近なものに感じることができるんですね!
最後に
はい、というわけで、最後の話もこの辺で終わりにしたいと思います。
地球人という視点を英語学習に導入し、単に学ぶんじゃなくて、自分の世界が広がっているという感覚を持ちながら、英語を学ぼうよ!というお話でした。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
僕が英語を学んだり、外国を訪れた際に少しでも現地の言語に触れようとしたりするのは、こういった理由だったということですね。
ということで!
最期まで読んで頂いたあなたが、これから行う「英語(言語)学習」が地球人としての第一歩となれば幸いです!