自責思考をやめれば「そうだ!明日、臺灣に行こう!」が実践できる

こんにちは。okamotoです。

今年の2月に1ヶ月弱ほど台灣に滞在したところですが、急遽、またまた台湾にきております。

どんだけ台灣好きやねんって感じですがw

 

と、ここまでのTaiwanが3種類の漢字で表記されていたのに気づきましたでしょうか?

はい。どうでもいいですねw

自責思考をやめれば「そうだ!明日、台湾に行こう!」が実践できる

経緯を説明すると、

5月13日の月曜日。

深夜12時。

だから、もはや14日の火曜日ですね。

友人と会話してるなか。

「明日(今日)、台湾に行かなあかんな!」

という話になった。

急いで洗濯機を回し、

朝3時に荷造り。

航空券を取り、昼過ぎには羽田空港。

夕方には台湾の台北松山空港に到着。

夜には現地在住の友人と合流。

 

ここまでドタバタなのは久しぶりだけど、

僕の人生を押し進めてくれる時はいつもノリと勢い。

これは高校生の頃から変わっていないなぁと感じてます。

 

現状を打破し、コンフォートゾーンを抜け出すには、予定調和をぶち壊す必要があります。

思えば、僕が一度入学した大学から再受験すると決めたのも、当時付き合っていた彼女とWILLCOMで話しているときのノリと勢いがきっかけでした。

 

書きながら思いましたが、WILLCOMが懐かしすぎますねw

僕はハニービーの青を使っていましたw

まだ、LINEアプリがなかった頃の話。

いやぁ、ノスタルジーですねw

 

で、話を戻すと、

同じようなことをやっていても、同じような毎日が繰り返されるだけ。

「頑張っていれば、いつか何かハプニングが起こって、自分を面白い世界に導いてくれるだろう。」

と希望していても、

簡単に10年、20年を棒に振ってしまいます。

 

それにそんな生活を送ってる状態では、

無意識はハプニングを嫌って避けて、

やっとこさラッキーハプニングが起こりそうになった時には、ちゃんとそれを回避するような行動を取るんですよね。

僕の経験上の話にはなってしまいますが。

 

例えば、今回の例で言うと、

「いやいや、そんな急に海外なんて行けないって!」

と言って、

人生を変えるようなハプニングを自ら避ける選択をするんです。

でもだから、毎日が変わらない。

数学の合同レベルで同じ日々が繰り返される。

 

「いや、おまえは自分のビジネスを確立してるから、偉そうにそんなこと言えてるだけやろ?」

「ポジショントークやんけ!」

と言われれば、

それまでです。

だって、ポジショントークですからw

 

でも、8年前。

僕が会社員をしていた頃。

起業していた友人から、

「来週、ハワイ行かん?」

と誘われ、

「アホか。そんなすぐに休み取れるか!」

と即答。

ハワイ大好き人間の僕は、悔しさから夜な夜な一人枕を濡らした経験があるくらいです。

 

当時、本当に悔しかった。

「自分は自分のビジネス構築していないから行けないんだ。」

「俺は遅い!もっと早く人生を進めろ、ぼけ!」

そう考えていました。

 

でも、ここで考えなければいけないのが、

「本当にそうなのか問題」です。

 

というのも、

こと来週ハワイに行くことだけを考えると、

『1週間後に1週間の休みを取ることは不可能だったのか?』

 

多分、その答えは、

『不可能ではなかった』

 

ただ、来週の予定調和を壊したくなかっただけだったんです。

無理して日常を壊したくなかった。

会社員としての自分の居心地を優先した。

行けなかった原因の99%は僕のメンタルブロックです。

「上司に言ったら、何を思われるかわからない…」

「居心地が悪くなってしまうのではないか?」

「チームに迷惑をかけるかもしれない」

「帰ってきてから仕事が山積みになってるのは面倒くさそう」

“行けなかった” のではなく “行かなかった” 。

現状維持という安牌を切っただけ。

 

それをあたかも「自責思考」にすることで正当化できたように見せかけ、現状を変えることからただ逃げることに成功したんです。

 

自責思考を採用することで現状を正当化してはいけない

いま、「自責思考」という言葉が流行っているからこそ、逆に自責思考に逃げている人はなかなか多いと思います。

かつての僕のように。

 

  • 受験で失敗したのは他人ではなく自分のせい。
  • 会社で成績が伸びないのは他人ではなく自分のせい。
  • ビジネスで成果が出ないのは会社ではなく自分のせい。
  • 人生が変わらないのは他人ではなく自分のせい。

 

そう考えることで自分を納得させることはできる。

だって、他人のせいだと思うと理不尽に感じから。

自分のせいだからしゃあない。

でも当の本人である自分はそもそも変わる気がない。

 

人生を変える気がないやつが、

努力することに満足して、現状に居座っている。

 

会社員をしてるときの僕は、完全にそれでした。

  • 会社があるからビジネス構築が進まない。
  • 会社があるから英語力が伸びない
  • 会社があるから海外に行けない

そんな状況をぜんぶ自分のせいにしていた。

 

  • 自分の仕事が遅いからビジネス構築が進まない
  • 自分にはセンスがないから英語が伸びない
  • もっと早く自分がビジネス構築してれば海外に行ける

自責にすることで、解決すべき課題から目をそむけていたんです。

 

自責思考は問題解決を先延ばしにしてしまいます。

すべての原因を、

「自分には能力がないから」
「自分にはセンスがないから」

という抽象的な問題にすり替えて、

ある意味、現状を変えるために本当に必要な具体的なアクションを取らない状態になる。

 

その結果、

現状を変えたいと思っているのに、

現状が変わるイベントはスルーする。

多くの場合、

コンフォートゾーンから抜け出せない理由は、

チャンスがないからではなく、

チャンスをつかもうと “すら” しないから、です。

しかも自責思考と見立てることで、

そもそもコンフォートゾーンの外側の選択を取らないということを正当化してしまっている。

 

まぁかといって、

他責思考満載で生きていても何も良いことはないわけですがw

「おい。じゃぁ、どうすればええんじゃ?」

って感じですね。

 

本来の意味は知りませんが、

「自責思考」「他責思考」という言葉に、

“できない責任の所在” という意味が含まれてしまいがちです。

まるでできないこと前提かのように。

少なくとも、そのニュアンスで使っている人が多いように感じます。

 

つまり、自責思考を採用することで、目的を達成する気がなくなっていることが問題なわけです。

もう思考停止していまってますやん、と。

 

本来、最も大事なことであるはずの、

「どうすれば目的を達成することができるか?」

を真剣に考えられていない。

 

だからぶっちゃけ、自責思考だろうが、他責思考だろうが、どっちでもいい。

僕らが持つべきことは「目的達成思考」なわけです。

「目的を達成するためにどうすればいいか?」

に本気で向き合う。

目の前のことに向き合うのも、目的を達成することに近づくためです。

もし、今からやろうとしていることが目的に合っていないのであれば、それはやる必要はない。

 

いつも言っていることですが、

「僕らは合目的的に動くこと。」

自責か、他責か、そんな議論はどうでもいいです。

そんなの濃淡な話なんですから。

 

もちろん、人生は自分次第です。

主人公感を抱き、自分の理想を体現し続ける。

でも、それは現状維持の惰性人生に突入する言い訳にも使えるし、

他人に頼れることができずに八方塞がりを良しとする、みたいなことにもなり得るわけです。

 

自責思考になることで、

自分の人生に無責任になってはいけません。

理想を体現するためには、

他人に頼らなければいけないこともたくさんあります。

大事なことは、目的を達成することなんですから。

 

正当化された現状維持から脱するノリと勢い

こんな感じで自責思考トラップにより現状維持を選択することは正当化されがちです。

これって世間一般に考えると、

お利口さんの選択でもあるわけですから。

感情的には抜け出す理由はないように感じます。

 

でも、10年、20年経った時に、

「え、人生こんなはずじゃなかったのに。」

「どこで人生、ミスったんや!?」

みたいなことになりかねないです。

 

どこかで選択をミスったから、

人生が平凡のまま終わったと考える。

でも本当はミスはしていないんです。

ノーミスだから人生が平凡なんです。

 

人生を変えるにはミスは付きものです。

昨日と同じ今日を歩もうと思えば、

それは不確実の中を歩くことになるので、

そりゃ、ミスも経験することもあるよね、ってことです。

 

「選択ミスをしない」というのは「昨日の正解を選び続けること」なんですから。

ただ、そんな人生、クソおもんないんですよねw

だからこそ、ノリと勢いは大切にする。

 

思い出してほしいのは、

子供の頃はノリと勢いだけで生きてきた。

だから毎日が充実していたんです。

 

大人になると、

合理性がノリと勢いを抑え込んでしまいがちです。

合理的な判断は現状維持を選択するんですから。

だから現状を変えたいと考えるなら、逆をすればいいんです。

ノリと勢いで合理性を圧倒する。

それが現状や予定調和をぶっ壊すきっかけになるわけですから。

 

もちろん、ノリと勢いで行動した結果、

変な結果になることはあります。

失敗に思えることもあります。

 

自分が目的を達成するために必要だと感じたことを選択した結果、それが成功しなかったとしても、それは人生的には失敗なのか?

 

この答えに対する回答の姿勢にこそ、

本来僕らが持つべき自責思考のヒントがあるんじゃないでしょうか。

 

ということで、

今回は、自責思考を採用することで現状維持を正当化してしまい、ひいては人生が変わらないという状況を打破するためのノリと勢いについての考え方を共有いたしました。

 

P. S. 自己紹介のアップデート

あ、そう言えば、自己紹介ページをアップデートしました。

思えば、5年間くらい同じ内容だったので、

ここ数年分の内容と思考を盛り込みつつ、これからの活動が分かるような内容にしました。

ということで、

ついでに新プロフィールをご一読いただき、よければ「いいね!」をお願いします。

→ 新生okamotoプロフィール

(↑ぜひ、いいねしてください。)

 

P. P. S. 台湾華語のヤバさ

飛行機の中で台湾華語の勉強を始めてみましたが、発音がムズすぎて心が折れそうです。

最後に旅のおすそ分けとして、

心ばかり台灣の写真を載せておきます。

タイのご飯はあまり好きじゃなかったけど、台灣のカオマンガイが旨いという謎の現象w

食後のヨガ

台灣でも大谷翔平のニュースをやっていたのは流石すぎる。場内場外影響力非凡やわ!

台湾華語の勉強もぼちぼち継続

とうとう臭豆腐デビューしました。匂いはさておき、味はふつうに美味しかった。一緒に食べてくれた友達ありがとう!

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「お金は人生を切り売りして稼ぐもの」
「憧れのライフスタイルは諦めなければいけない」

超保守的かつビビリの僕は、

 “他人の価値観” を上手く体現することが人生だと思っていました。

しかし、それは全くの間違いでした。

 

人生は単なる『選択』でしかなく、

思ってたよりも5,000倍は自由でした。

それでも会社員のままじゃ自由を享受できないし、理想のライフスタイルも実現できない。

だって、経済的に自立するだけでなく、

時間を生み出し、生きる場所を自由化するためには、

 “自分自身のビジネスシステム” を持つ必要があるからです。

 

そう気づけたおかげで、

今ではこうしてノマドライフが送ることができています。

もちろん、特に才能があったわけではありません。

むしろ文才は悲しいほどありませんでしたw

(ここだけの話、国語の成績は高校でブービー)

それでもノマドになれたのは目的に合った手段を常に選択してきたからです。

 

だからどんな人でも “適切な選択” と “正しい努力” さえ実践すれば、

経済的自立・場所の自由・時間の余裕を獲得できると確信しています。

僕がノマドになるまでの軌跡と行動理念は、下の記事に書きました。

5分で読めるのでぜひ読んでください↓

→ ただの大学生だった僕が、全くのゼロから経済的に自立し、場所も時間も自由なノマドになった軌跡