コンビニで『こち亀』を買うノリで地球の絶景本を買ったら、人生の守備範囲が広がった。

昔、コンビニに本コーナーで1冊の本を衝動買いしました。

それが、
『(ワイドカラー版)地球とは思えない世界の絶景』
という本です。

今も本棚に残っていたのですが、
これを買った当時、
この本から感じたことが、
今のご時世だからこそ大切だなとふと思いました。

コ口ナ禍で自分の人生が
窮屈になってきたなぁ、
と感じる方はぜひ読んでください。

 

この本に載っているのは
日本人の感覚で見ると、
「異世界?」
を思えるような絶景の写真です。

美しかったり、
不可思議だったり、
恐怖に似た感情を覚えるような、
そんな世界の絶景が写っています。

「コンビニで売れらている本なんて、どうせしょうもないやろ?」

と思うかもしれません。

僕もそう思いましたし、
確かにそんなに凄い本ではありませんでしたw

たしか暇潰しに、
コンビニコミックの『こち亀』を買おうとして
売り切れだったので
これを買った気がしますwww

今もかなり家で暇することがあるかもしれません。

コ口ナの外出自粛で、
「いかに今までの生活が、
広大で自由に行動できていたのか?」
を実感することができています。

一方、逆もまた真なりで、

「コ口ナの影響で、小さな世界が当たり前と誤解しないようにしないと」

「一時的な厄災で人生そのものが小さく収まる必要はない」

「今までの生活よりも、もっと広く人生を考えなければ。」

それくらいに思えるくらい
自分を鼓舞する必要がある時期だと思います。

 

「別にコ口ナで自粛する必要がない」
という意味ではなく、
小さく収まるのに慣れすぎるのは怖い、
ということです。

無意識に人生の範囲が
どんどん狭められている危機感を持っておくことで、
いざ自由になったときもこれまで通りに、
むしろこれまで以上に大きく
人生を展開してやろう!

そういうことです。

 

「コ口ナで自粛がシンドい」
「鬱に気をつけよう」
と報道されるけど、
テレビはあるし、
NetflixやAmazon プライム・ビデオで
映画なり、ドラマなり、アニメなり、
見るものは無限にあります。

僕の場合は、
家で海外ドラマやアニメを
見ているだけでは、
鬱にならなさそうですw

普通に楽しめる環境ですが、
メディアに必要以上に
窮屈さを感じさせられる気もします。

だからこそ、
この『地球とは思えない世界の絶景』
の出番です。

「海外にいけないのに、
わざわざそんな本を読まなくても. . . 」

そんな気もしますが、
あえて攻めましょう!

僕がこの本を最初に読んだ時、
「自分とは無関係の世界の景色だ」
と思っている自分がいることに気づきました。

同じ地球にある場所であって、
「そうだ!京都に行こう!」
みたいな感覚で、
これらの景色を身に行く人が世界にはいるんです。

もちろん、日本人もいます。

この本に書いている景色を見に行く人と見に行かない人の違いは、
“人生の守備範囲” の違いだと思います。

「京都の金閣寺を見に行こう!」
「北海道のカニを食べに行こう!」
「沖縄の海を見に行こう!」

こういう事は、なんのハードルも感じずに行けると思います。

しかし同じような感覚で、

「今年はイギリスのジャイアンツ・コーズウェーを見に行こう!」
「次はアメリカのグランド・プリズマティック・スプリングに行こう!」
「セネガルのレトバ湖の写真を撮りに行こう」

と思えないですよね?
なんとなくハードルが高く感じてしまいます。
それが人生の守備範囲です。

無意識でも、
「自分の範囲をどこに設定して生きているのか?」
によって、制限が発生しているのです。

RPGで言う『マップをどこまで塗るか』です。

ちなみに、僕の母親は
沖縄も北海道も行ったことがないそうです。
そんな母にとっては、
北海道や沖縄は、
アメリカやイギリス、セネガルくらい
ハードルが高い場所に感じているはずです。

自分の行動マップを田舎に設定しいるからです。

 

「そんなこと言っても、
コ口ナで海外に行けないから
仕方ないやろ?」

もちろん、今はそうです。

でも守備範囲って
物理的な距離だけではなく、
全ての行動や物事に言えます。

人間にはスコトーマ(盲点)があります。
一般的な盲点は、
目の網膜の視神経が集まった部分で、
網膜のそこに写った物体は目に見えない
というものです。

右目を瞑り、左目の前に「●」を顔を前後すると、左目の視界から「+」が消える距離があります。その時が、盲点に「+」が写っているときです。

 

盲点は物理的な目の認識だけでなく、
心理的な認識にも存在します。
あなたには認識できない世界がある、
ということです。

簡単な話が、
本気で起業家になろうと思っている人と
口だけで起業家になろうと思っている人では
同じような行動をしているように思えて、
各々に見えている世界が違うのです。

チャンスが到来した時、
本気で起業しようと考えている人は、
「チャンスが来た!」
と思うのに対し、

口だけの人は、
チャンスが来たことにすら気づかないのです。
チャンスをチャンスと認識できないのです。

よく自己啓発本とかで、
「自分の夢を毎日ノートに書きましょう。」
とか書いていますが、
それはスコトーマを外して認識する世界を変えよう
という話なのです。

毎日ノートに夢を書いた人と
何も考えず漠然と過ごしているのでは、
たとえば本屋で手にする本が違います。

ノートに書いている人は、
自分の夢やゴールに近づく本ばかり
目に入ります。
それはスコトーマが外れているからですね。

 

つまり、自分の認識次第で、
人生の大きさがバチカン市国になることも、
ロシア級になることもあるのです。

大きければ良いというわけではありませんが、
自ら選択肢を狭める必要もありません。
選べるということは自由の要素です。

たとえば『こち亀』は
現実を基に作られています。
だから両さんが取る圧倒的行動力を
あなたが実践してもいいのです。

 

今は特にコ口ナの自粛で、
自分の視野が狭まってしまいがちです。

この数年で、
自分の人生全体を小さくする必要はありません。

自由に物理的な移動が
できなかったとしても、
できることは意外とたくさんあるもんです。

世界が狭まったと感じた時こそ、

  • 自分には見えていない世界がある。
  • 認識できていない選択肢がある。

そう思う癖が必要です。

それだけでできることが増えるのです。

実際、いわゆるコ口ナ禍で、
ビジネスを始めた人たちが成果を出し始めました。

コ口ナによって、
人がいなくなったわけでも、
お金がなくなったわけでもありません。

人とお金の場所が変わっただけです。

そして、インターネットビジネスは、
それらの変化に強いのが取り柄です。

ネット人口はずっと増え続けているからです。

Google、Amazon、Facebook、Apple、
今、覇権を握っている企業は全てネットに関係します。
少なくともこれらの企業が衰退するまでは
ネット業界は増え続けるはずです。

 

別にビジネスだけではありません。
実際に、物理的な行動が制限され、
新しい趣味が増えたという人はたくさんいます。
自分に新しい可能性が見い出せた人ですよね?

働き方も生き方も同じです。
変化はチャンスです。
動きがない時代の方がピンチですから。

 

今、世間的にはどんどん世界が狭まっているように思わされます。
だからこそ認識を変える必要があると考えます。

当時、僕が本の世界の絶景を
自分とは関係ないと思い込んでいたのと同じように、
自分には認識していない世界がたくさんあります。

その世界を認識すべく、

・あらゆる事を自分ごとに思えるか?
・自分の選択肢として採用するか?
・見るつもりがあるか?

これらは才能や能力とは無関係です。

「今は、この程度やろ」
と思っている人生も、
まだまだ大きくすることはできます。

 

コ口ナ収束に備えて
行動するのもありです。
コ口ナ関係なく
できることをするのもありです。

落ち込んで、塞ぎ込んでいると、
必要以上に面白くなくなります。

自論を唱える評論家や
起業家のポジショントークで
状況が変わるのであれば、
それらに一喜一憂するのもいいかもしれません。

しかし、それらを僕らが追いかけた所で、
規制や法律が変わるわけでもありません。

「影響力の輪」と「関心の輪」です。
自分に関係する所だけに注力しましょう。

では、
「コ口ナ収束後の予定はどうですか?」

コ口ナがなければ
自分の行動範囲は、
国境に縛られる時代でもなくなりました。

旅するように生きている人も珍しくありません。

バックパッカーをしたことあるなら、
世界にいる旅人の多さに
驚いたのではないでしょうか?

まぁ僕はバックパッカーをしたことがありませんがw

もちろん僕は、
今度の人生の選択肢として、
「バックパッカー」も除外せずに
人生を展開していきたいと考えています。

「大学生とか、20代の人がすることやろ?」

そんな偏見は、
可能性や将来を狭めるので
無しでいきましょう!

  • 自分の世界は思っているよりも広い。
  • 知らないことや可能性だらけ。
  • 人生をおもろくするのは自分次第。
  • この地球というおもろい星を堪能してやろう。

子供のような考えですが、
こんなシンプルさが必要な時もあります。

僕の周りには、
PC1台で働けるようになり、
好きな場所で生きるということを
体現している人が多くいます。

でも、多くの人の場合、
こんな働き方をするようになったきっかけは、

「自分のちからで何ができるのかを試したい!」
「スティーブ・ジョブズやザッカーバーグのように革新的なサービスを始めたい!」
「この不条理な社会を変え、貢献したい」

のような崇高な考えではなく、

「旅するように生きたい」
「もっと海外に行きたい」
「朝起きるのが嫌やから」

そんな自分のライフスタイルのために
“選択” しただけの人が多いです。
やはりシンプルです。

プラットフォームの充実により、
才能や能力の問題ではなく、
選択の問題になりました。

もちろん、
簡単というわけではありません。

真剣に向き合い、
ひらすら作業や行動、勉強する期間もあります。

でも、それって、
全ての仕事で一緒です。

ただ目的が違うのです。

僕の場合は、
・場所の自由
・時間の余裕
・経済的自立
・価値観の体現
が実現できるよう、

インターネット上に
ビジネスシステムを構築しつづけました。

いろいろ情報発信して、
いろんな仕組みを作りました。

いつも言いますが、
コンテンツは蓄積されます。
自分の資産になります。

今日は本題からそれるので、
このくらいにしますが、
ノマドという選択肢も刺激があって面白いですよ。

大人になると、
世界の真理を知ったかのような、
冷めた感覚になることがあります。

でも、そのだいたいは、
冒険を辞めてしまったです。
挑戦していない時ほど、
傲慢になります。

会社をやめようとする部下に対し、
「社会はそんなに甘くないぞ?」
と言う上司ほど、何もしていません。
挑戦していません。
そんなものです。

コ口ナも相まって
無意識に刺激の少ない選択を
取ってしまいがちですが、
認識次第で、やれることはたくさんあります。

地球と思えないような絶景も、
自分のいる同じ地球に存在する
という認識を持つように、

自分のスコトーマを外すことで、
こんな状況でも、
人生の選択肢は無限に広がります。

未来志向でいきましょう。


人生の負け犬だった僕は、毎月300万円を売り上げてノマドになりました。

「仕事は我慢」
「いかに感情を押し殺すかのゲーム」
「月曜から金曜まで早く過ぎろと思って生きる」
「しょうもない時間を過ごす対価が給料」
「お金は人生を切り売りして稼ぐもの」
「憧れのライフスタイルは諦めなければいけない」

超保守的かつビビリの僕は、

 “他人の価値観” を上手く体現することが人生だと思っていました。

しかし、それは全くの間違いでした。

 

人生は単なる『選択』でしかなく、

思ってたよりも5,000倍は自由でした。

それでも会社員のままじゃ自由を享受できないし、理想のライフスタイルも実現できない。

だって、経済的に自立するだけでなく、

時間を生み出し、生きる場所を自由化するためには、

 “自分自身のビジネスシステム” を持つ必要があるからです。

 

そう気づけたおかげで、

今ではこうしてノマドライフが送ることができています。

もちろん、特に才能があったわけではありません。

むしろ文才は悲しいほどありませんでしたw

(ここだけの話、国語の成績は高校でブービー)

それでもノマドになれたのは目的に合った手段を常に選択してきたからです。

 

だからどんな人でも “適切な選択” と “正しい努力” さえ実践すれば、

経済的自立・場所の自由・時間の余裕を獲得できると確信しています。

僕がノマドになるまでの軌跡と行動理念は、下の記事に書きました。

5分で読めるのでぜひ読んでください↓

→ ただの大学生だった僕が、全くのゼロから経済的に自立し、場所も時間も自由なノマドになった軌跡

 

 

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